ハレナイ

病まない

おそ松さん9話はわたしの心をミキサーで砕いた

年をとると涙腺がゆるくなるという。


なぜかわたしは今までその表現を「年をとると老化現象のひとつとして涙腺がゆるくなる」と思い込んでいたのですが(とてもあほ)そうじゃなくて歳を重ねるといろんな経験をして、見たものと自分の思い出とかと重ねて共感したりする引き出しが増えるってことなんですよね…たぶん。

おそ松さん9話を見て、たまらなく辛くなった。ふしぎと涙は出なかった。つまらなかったのか?と聞かれると全然そんなことはなくて、むしろよく出来たいい話だったと思う。

ただなにかこう、うまく言葉にできないつらい気持ちなった。この気持ちはなんだろう…恋だろうか…。

9話は3分の2くらいが十四松メインの話だったけど、10分弱の尺によくここまで詰め込んで綺麗にまとめたなあと心から感心した。とてもいい内容だった。
ゆえに、心を動かされるどころかミキサーでぐるぐるにかき混ぜられた上にシェイカーでおもいっきり振られまくったような衝撃で、いまわたしの心は絞りカス状態になってしまったのだ。

10分弱の中に深読みさせる、考えさせる伏線や要素が散りばめられていて、考えても考えても終わりが見えない。十四松は基本的に1〜8話まで9割「喜怒哀楽」のうち「喜」と「楽」で構成されていた。ほんの一瞬哀があったかな?どうかな?程度。

そんなキャラが堰を切ったように感情を爆発させるのは、見てるこちらからするととんでもないことなのだ。いつも暗いキャラが明るくなったり、いつも怒ってるようなキャラが優しくなったり(いわゆるツンデレ)よりも、いつも笑っているキャラが泣くっていうのは、精神的ダメージがでかい。

逆に言えば十四松はどうしていつもあんなに明るいんだろうか。見てるこっちが不安になるくらい明るいキャラなのに、今回の話では突然スイッチを切り替えたようにふつうに喋るし、泣くし、感情をむき出しにする。

じゃあ普段の十四松ってなんなんだろうか。

 

2話前のCパートで「おそ松さんは自己責任アニメです!」と言っていたけど、なるほど言い得て妙だなと思う。

シンプルなフォルムの作画に、1つの話が基本的に10分以内にまとめられたシンプルな構成。だからこそ与えられる情報量に対して受け取る側はいろんな想像を巡らせてしまうし、深読みも捗ってしまう。

でも作ってる側からしたら「そんなに深く考えないで素直に見てよ」という部分もあるのかもしれない。その自由は十分に与えられていて、だからこそまさしく「自己責任アニメ」なのだ。


こんなにも多くの人の心を動かし、かき混ぜ、砕きまくり、そして揺さぶる作品は本当に作品として素晴らしいと思います。現状の人気やブームに反して、きっとおそ松さんというアニメを嫌いな人も多いでしょう。途中で離れてしまう人も多いかもしれません。
でもそこがまさしく、自己責任アニメたる所以なのではないかと感じるのでした。

 

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